私たちの万代町通は、明治19年の一代目与路津世橋「萬代橋」が架橋されたおり、
その付帯事業として新潟県令篠崎五郎が流作場新田小島の橋端より、沼垂町西横町に至る間に県道を開拓しました。
これが現在の万代町通りで、当時は(新道)と呼んでメインストリートでありました。
商店は時代とともに徐々に形成され、昭和35年4月にようやく会として規約を作成し、
「新道」開設以来120年、規約作成以来47年経過して現在に至っております。
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かつては大変な賑わいと、繁栄を誇った商店街でした。
しかし今流通戦争の狭間で商店街はいずこも大きく疲弊し、かつての繁華な面影は
微塵もありません。シャッター通りと揶揄されながらの現状維持も大変で、後継者がいなく将来がみえない現状となっています。
ばらばらな商店会をインターネット上で再結集し、外部に情報を発信し、または必要な情報を取得するため「流作場・万代インターネット商店街」のホームページを立ち上げました。
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●流作場万代インターネット商店街はバーチャルな存在でなく、実在する店舗、事務所が参加していることです。それは既存の商店街となんら変わりなく、毎日の日常買いまわり品をそろえた店舗がインターネット上に活動していることです。
●流作場・万代地区の地域社会との密接なつながりが商店街を活性化し、さらなる発展につなげていく活力を生み出していくことと確信しています。
●インターネットという空間で商店相互・会員の理解を深め、個店の更なる発展する可能性がこの空間から生まれればと目指しています。